【インタビュー】旅行とYAMAKO その可能性 / 代表取締役社長 山敷隆 x 取締役副社長 梶原聡

お客さんのことを考えていたら、自然と起業につながった

── 山敷さんはどういう経緯でYAMAKOを立ち上げたんですか?

山敷 以前はリクルートのメディアを制作していて、仕事としてはすでに決められていたことが多かったんですよ。媒体も制作ルールも決まっていて、その中であなたはこういう役割です、こういうミッションですっていうのはわかりやすいんですよね。デカい媒体だし。

でも、そこでお客さんのために何ができるかを突き詰めて考えてやっていると、自分たちの媒体だけじゃなくてもっと他の媒体でも展開した方がいいですよって話になっていくんです。それで実際にそういう提案をすると、めちゃくちゃ信頼されるんですよ。こいつモノ売ってこないぞって。他社の商品を薦める営業マンって最強なんだけど、知らず知らずのうちにそういうことをやっていて、だんだん媒体の枠を超えてお願いしたいという話が増えてきたんです。その時に、お客さんから求められているという感覚というか、「仕事をやらせてくれ」じゃなく向こうから「やってくれ」って言われることがこんなに楽しいものなんだと。その感覚を享受しようと思ったら、自分の会社を作った方がいいなって思ったんです。

最初はひとりで、会社と二足のわらじを履いてやっていたんだけど、友人や知人に「バイト代出すからディレクションしてくれない?」とか頼んだりして、ひとりという感覚は全然なかった。オフィスには常に誰かが遊びに来てて、テレビ見に来たり風呂入りに来たり。

梶原 いい時代だよね。

山敷 いい時代ですよ。でも、企画の部分、つまり上流工程に当たる部分をお客さんと話をしながら「こういうのいいじゃないですか」「もっとこういうふうにやるべきですよね」ってやっていたんだけど、このままだとネタが尽きてくるなと思って。常にフレッシュでインパクトのあることは言い続けられない。自分の賞味期限はあと2、3年だろうと思ったんです。コンペには勝っていたけど、でもこれを続けていたら、どこかで落ち込んでいくんだろうなと感じてた。

それで、上流だけじゃなくて、もっと細々とした、どちらかというと僕には苦手なこともできる、上から下までやれる体制も持っておかないといけないなって。企画から降りてくるクリエイティブもあるんだろうけど、日常の作業から上がっていくクリエイティブもあるんだろうと。

── それが八戸支社の立ち上げにつながるんですね

山敷 その時にお客さん側で何が問題になっていたかというと、旅行商品のデータベース登録を大量にしなくちゃいけないんだけど、その手が追いついていなかったんです。それで旅行会社も媒体側も商機を逸していて。それで、もしかしたら役に立てるかもしれないって手を上げた。当時はライバル会社が沖縄にあったんですが、自分たちは自分たちの観点でやりたい、じゃあうちは北だって。

YAMAKOに感じた大きなポテンシャル

── その後、梶原さんはどういう経緯でYAMAKOに加わったんですか?

梶原 当時はANAでWebの統括をやっていて。はじめは面白い会社ありますよってことで山敷さんと会うようになったんだけど、だんだん酒を飲む度にビジネスの話をするようになって。

僕もその時、自分の会社員としてのアイデンティティに悩みだしていたときで。サラリーマンってレールに乗っかって、やりたいことがだんだんやれなくなってきて、自分らしさみたいなものが希薄になっていくのが不安だった。その時にこの会社と出会って、自分がいたところにはないポテンシャルを感じたんだよね。ビジネスモデルも可能性も自分たちで創りだしていけるっていうのが魅力的だった。そこで山敷さんの声掛けもあって、いっしょにやりましょうと。

山敷 当時のYAMAKOは7年目とか8年目で、会社をもっと安定させて組織に安心感を与えたかった。それまでは僕がいて、他のメンバーはフラットって感じだったけど、そういうことじゃダメなんだろうって思ってて。ひとりでやれて楽しいのは最初のうちだけなんですよ。給料も採用も自分で決められるし、お客さんも取ってくるし。でもある時、僕だったら僕の下で働けないなと思って。ヤダ、こんなワンマンなオッサンの下、絶対ヤダと。

── あはははは(笑)

山敷 ありえへんわと思って。そのくらいの頃かな、それでも一緒に仕事をやってくれている人たちが急に愛おしくなったというか。起業するときにはすごいジェット噴射が必要なんです。ハッタリもいるしケンカもするし、夢も語るし。わーってすっごいカロリー消費して。でもずっとは噴射し続けられないから、いったん大気圏を出たら、たまにプシュプシュって軌道調整しながらやるものだと思ってて。自分ひとりでやれることも限界が見えてくるのね。人も増えてきた時期だったから、これはちょっと変えないとと。それで梶原さんにお声掛けしました。

── それで会社は変わりましたか?

山敷 変わってきたと思う。もっとホントはこうしなきゃって思いはあるんだけど、僕が判断しなきゃ何も進まない昔とくらべると、自分がいてもいなくても物事が進むという状況にはなっているし、そうなるっていうのはすごいなと。

梶原 さっきポテンシャルって言ったけど、特に山敷さんのモノを創りだしていく力に一番それを感じていて。けど会社を回すっていう別のところにエネルギーを使っているのはもったいない。創りだすっていうエネルギーを集中投下したら、会社がもっといい方にいくんだろうなと。だから山敷さんが手離れできることを僕がみて、自分の得意なマーケティングとか、今までやってきたキャリアの部分を使って科学反応みたいなものを起こせたらいいなってその時思ったのね。

旅行という分野が持つ可能性

── YAMAKOが旅行マーケットにこだわるのはどうしてですか?

山敷 旅行って形がなくて、売り物としてはとても売りづらいものだと思うんですよね。でも一方で、旅行マーケットというか、旅行ってすごい広い捉え方ができて可能性が多いんですよ。いろんな異業種とコラボできるってこともそうです。英会話、カバンとかのトラベルグッズ、クレジットカードや保険もそうだし、あとカメラ。すべての親和性が高いじゃないですか。そういったところを活かして、いろんな企画をやっていきたいです。

梶原 昔と今の旅行者の行動形態って、旅行を計画するときから旅行に行ってる間まで全然違う。昔は情報を取ると言えば紙媒体とか、人から聞いたり旅行会社に行ったりなんだけど、今はネット中心。情報を取るってのは一緒だけど、いろんな部分で考え方や形態が違ってきている。そこに面白みやビジネスの可能性ができているんじゃないかなと。

── 個人的に旅行にはよく行くんですか?

山敷 好きか嫌いかで言えば好きな方なんですけど、かつての職場では休みの度にバンバン海外に行って、しかも秘境とか多少怖い体験ぐらいの方が面白い、みたいなヤツらが多かったんですよ。それと比べるとまったくダメで、なんていうのかな、「楽な旅行大好き。ビビりながら回らないといけないのはちょっと楽しくない」って感じかな。趣味の欄に旅行とは書けないですね。

梶原 僕はもともと旅行好きで、キーワードとしては「人に会うこと」がひとつ、あとは「日常にない刺激が欲しい」っていうのがもうひとつ。だから、移動手段にはもちろん興味はあるんだけど、どちらかというと早く現地に着いて何かをしたい方。国内でも海外でも、いろんな人に会えて、いろんな体験ができるのが非常に楽しい。

── 旅行が専門の会社なのに、山敷さんの答えは意外です。

山敷 ひとつ言えるのは、そのおかげですごい引いた目で見えるんです。さっき言った人たち、例えば海外の秘境系が大好きな人はホントに大好きなんだけど、一方で国内の温泉ツアーとかについて否定的だったり、どこかで偏りが出るんですよ。それでいうと自分はフラットでいられるっていう。よく言えばね(笑)。

お客さんと企画会議とかやっているときによく言われるのが、「山敷さんに求めてるのは旅行のプロとしての話じゃない。乗り継ぎがどうとかあの場所こうですよねとか、そういうことは僕らが知ってるから大丈夫」ってこと。だから普通の人の目線で、旅行に行く人の気持ちになれることの方が重要なのかなと。

コンシューマーへのサービス提供今後の鍵

── これからどういった事業に力を入れたいと考えていますか?

山敷 やっぱり企業だけじゃなくて個人の消費者を相手にすることを意識したことをちゃんとやっていかないといけないなと。これまでは大きな会社さんにお仕事をいただきに行くっていうのが中心だったと思うんだけど、今度はこういうサービスを使いたいって言っていただけるようなものをもっともっと開発していかないといけない。お仕事をお願いしたいって言っていただけるのはとてもありがたいんだけど、どうしても労働集約型の仕事ばかりになってしまうので、僕らが生み出したサービスをみんなに使ってもらえる方向にしていきたい。そして本当にこだわって作りたいものに時間もお金も惜しまず掛ける、そういうスタイルの仕事にしていきたいなって。

梶原 山敷さんも英語の触れる機会を増やしたりしているけど、やっぱり海外とのやりとりは増やしていきたい。これは自分の趣味や嗜好もあるんだけど、もうちょっと日本の外に目を向けてなにかやりたいな。旅行という切り口においては、向こうからやって来るのもそうだし、こっちから攻めていくのもあるだろうし。将来の日本は人口と同様に既存のターゲット層も縮小していくだろうから、違うところにターゲットを見出すというのはビジネスとしてやってかないといけない。そのころ、ふたりの頭がどれくらい白くなってるかわからないけど、やっぱりいまから目を向けていかないとダメだよね。

自分事として仕事を捉えられる人と働きたい

── YAMAKOのメンバーに求めることは?

山敷 仕事ができるとかできないとか、そこはあまり大事に思ってない。大事なのは自分のこととして仕事に取り組めるかどうかなんですよ。かつて前職で、自分で作っていた媒体のことを「自分の雑誌だ」って言えるようになるまで2年くらいかかって。それまでは、「一応ここで僕は働いてるけど...」みたいな感じで、自分事にしてなかったのね。その後、自分事というか、「これ俺の媒体だから」っていうふうに言えるようなモチベーションになってきてから、ものすごい仕事の質が上がったんですよ。

やっぱり他人ごとじゃなくて自分事でやっていくっていう、たったそれだけの意識が変わっただけで、生み出されるものが全然違っていて。「勤め先だけど、別に自分の会社ってほどじゃないです」っていうのが普通のモチベーションだと思うんだけど、そこを「自分の会社です、だから自分が変えていきたいです」って思ってもらえるような人とぜひ一緒に働きたい。そういう人はたぶん、経験があるとかないとか、上手とか上手じゃないとかは関係なく、絶対に伸びるし成功するんですよ。間違いなく。だから才能があってもそういうところに思いがないと、すごく残念なことになる気がする。

梶原 違った言い方になるだけかもしれないけど、自分自身でこういったものを作っていきたいって思える、熱を持ってやれる、やりきれるみたいな人が来てほしいなって。責任持ってというよりも、熱を持ってやりきる、自分自身でやり通すみたいな熱持った人が欲しい。熱ってすごく大事だと思う。これは経営の方もそうだよね、制作だ、媒体作りだ、飲食業だって、そこに思い入れや熱がないとなかなか面白いことにはならない。

全体の流れに任せて動く、みたいな人材は魅力的じゃないし、僕はそうあってほしくないと思う。自分自身も、そういうふうにはしていきたくないって思っていて、そういう熱を持った人にぜひ来て欲しいし、歓迎したいって思うな。